ネットワーク社会学

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター所長
公文俊平

情報社会論の偉大な先達

 日本で、世界に先駆けて情報社会論が展開されたのは、1960年代のことだった。1963年に発表されて衝撃を与えた梅棹忠夫氏の論文、情報産業論がその嚆矢となり、60年代の後半から70年代の前半にかけて、「情報化」あるいは「情報社会」という言葉自体がまず日本語として創り出され、広く普及したことは忘れられない。北川敏男氏の総編集で、1970年代の半ばに続続と刊行された学習研究社の『講座情報社会科学』(全○○巻)は、この時代の成果の一つの集大成とでもいうべき試みだった。

 しかし、数多ある情報社会論者のなかでも、その透徹した分析的視点と洞察力において、とくに今の時点から見て群を抜いていたのは、なんといっても故増田米二氏だった。
 増田氏はすでに1968年という早い時期に『情報社会入門 コンピュータは人間社会を変える』(ぺりかん社)を世に問っている。日外アソシエーツ株式会社の『CD140万冊出版情報情報−戦後から現代まで』で、「情報社会」をキーワードして検索すると74冊の書物がでてくるが、増田氏のこの本の出版年次が一番古く、北沢方邦氏の『情報社会と人間の解放』(筑摩書房 1970)がそれに続いている。

 この増田氏が1976年に第二弾として『情報経済学』(産業能率短期大学出版部)を出版しているが、それが刊行された直後、増田氏を囲む座談会が高根正昭氏と私の三人で行われている(情報化の価値論的意味を問う――「情報経済学」をめぐって、PPP、1976年9月)。数日前、たまたまそのコピーが出てきたので読むともなく読んでいて、増田氏の眼力の鋭さと見通しの確かさに、おもわずうなってしまった。慌てて全体を注意深く再読し、増田氏こそ初期の情報社会論者の最高峰に位置する先達であった、という思いをあらためて深くした。私自身も、増田氏からずいぶん多くの影響を受けいることがよくわかった。


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