「びっくりしたなぁ、モー。和牛商法に捜査の手」

多比羅悟



 和牛飼育による投資に捜査が入った。私はこの手の怪しい投資や事業が大好きであ る。なにか怪しそうな情報を耳にすると、周辺で実態を調べつつ、暖かい目で、こと の成り行きを見守っている。

 最近、注目しているのは、あるフランチャイズ制のパソコン・スクールだ。なにせ 、ビデオの安売りを掲げて開業希望者から金を集めまくり、結局、警察沙汰になった 会社の残党がやっているのだから期待できる。しかも、笑いものにするにはうってつ けの、知名度 もある立派なコンピュータ会社(読者の期待に添えず残念だが、日本電 算機ではない)が関与しているらしい。 役者は揃った。社会問題化するまでの間、たっぷり彼らの芝居を堪能したいと思う。

 さて、冒頭の和牛商法に関しては、私の身の回りにちょっとした事件があった。非 常に些細なことだが、心穏やかならぬことでもあったので紹介したい。  昨年、NHK出版の「パソコンライフ」という廃刊が確実視されていた雑誌(本当 に今年3月で休刊になってしまった)の依頼で、「パソコン財テク術」(この言葉の 選び方から廃刊は予想される)というテーマで、特集記事の原稿を執筆した。

 その中で、インターネットの凄まじい投資情報という章があり、和牛投資について も触れている。まずは、その部分を以下に引用する。会社名については、元記事では 実名であったが、ここでは伏せ字とした。また、元記事にあったURLも、この引用 では省略した。


(企)なんだか凄い投資情報  一般論ではあるが、雑誌等において、真面目で正統派の広告に混じって、「なんだ か凄いが笑ってしまう」という広告がたいていある。その手の広告は内容的に「胡散 臭いほど凄い」のであるが、主催者の名称も負けず劣らず「胡散臭いほど凄い」もの だ。それらの名称は、約束のように、「○○○協会」、「△△△法人」、「×××研 究会」、「◇◇◇クラブ」である。そんなわけでインターネットで「利殖」というキ ーワードを用いて、該当するものがあるか捜してみた。そして、やはりあった。

★「黒毛和牛預託オーナー」
 主催は「農業生産法人 ××××有限会社」だ。この預託システムは、黒毛和牛を 育成して販売し、その利益を分配するということで、ファンド方式になっている。こ の農業生産法人によると、元本は保証、管理費及び飼育費不要で、牛が病気や事故で 死亡しても保険によりカバーされるという。コースはいくつかあるが、最も短期の「 つまごいコース」を例にとる。預託資金は100万円、期間は2年で、1年後には配当 金6万円、満期時には配当金6万円プラス元金の100万円が戻ってくる。
その上、高級リゾート温泉ホテルの無料宿泊券や嬬恋高原の野菜までが貰える。これは素晴らしい。元本保証で6%(課税後4.8%)の利回り、しかもおまけ付き。この農業生産法人の前では、どの銀行、どの証券会社も魅力を失う。繰り返すが元本保証で6%だ。場合によっては、借金をしてもお釣りが来る。

 読者の中には、実質的には無担保私募債であるから、和牛のオーナー・システムな どとせず、ストレートに私募債とすれば良いのではないかと指摘する方もいるかも知 れない。法律により、株式会社であれば、総額5億円未満、社債権者50名未満等の要 件のもとで、無担保で私募債を発行することが認められている。株式会社であれば。


ちょっとした事件とは、読者(唯一人だったが)から、「有益な情報をありがとう 。早速投資を検討したい」と言われたことである。私は大いに困惑した。このような 「誤読」の可能性をまったく予想していなかった。

 この会社は「元本保証」と堂々と謳っていた。ジャーナリズムとはほど遠い、単な るお気楽なパソコン雑誌の特集記事だったので、違法行為を弾劾する姿勢もとらなか ったし、あえて「法律に抵触する」とも書かなかったが、私としてはその可能性を十 分に示唆したつもりである。

 そのため、前書きにおいて、「胡散臭い」ものについて論じ、本文後半において私 募債に言及した。これで、少なくとも、和牛商法を否定的に論じていることは、どん な読者にもわかると思っていた。しかも、特集記事全体の前書きとして、以下の文章 も載せておいた。これも該当部分を引用する。
くれぐれも注意して頂きたいのは、まだ金融機関の不良債権の整理は終わっていな いという点だ。資金繰りに苦しい金融機関もある。インターバンクの融資もあるが、 そんな金融機関に融資されるはずもない。では、資金繰りに苦しい金融機関はどこか ら借金をするかと言えば、一般消費者からだ。その際には、相場からかけ離れて有利 な利回りの商品を使う。経営破綻したコスモ信用組合の「マンモス定期」の例を思い 出して頂きたい。頭が良く多少内部のことを知っていた人間は、コスモが高利回りの 定期を発表すると同時に、「もうここには金がないんだ」と気づき、ただちに口座を 解約し始めた。ボーナス時期には各金融機関がいろいろな金融商品を売り出す。あま りに高利回りの商品が出たときには疑ってかかるくらい慎重であって良い。
 しかし、これでも、私の「冷笑」記事を誤読して、和牛商法に投資しようとした人 がいたのである。本当に投資をしてしまったならば、今頃は、さぞ私を恨んでいるだ ろうと思う。その人は、私の「推奨」記事をきっかけに投資を行ったのだから。 私は情深い人間ではない。同情はしていないし、微塵たりとも自分の責任などと考 えていない。心穏やかでないのは、自分自身のことを考えてのことだ。  私は文章を書く仕事が多く、この1件は、さすがに考えさせるものがあった。読者 の解釈は、執筆者の想像をはるかに凌駕している。私の筆力は、この人の勝手な解釈 を打ち破れるほどにはインパクトも説得力もないのだ。

さて、これが、和牛商法に関連した「ささやかな事件」の一部始終である。私を不 安にさせるものがもう一つある。実は、同じ特集で、「なんだか凄い投資情報」記事 は2本あり、それも雑誌に掲載された(記事は以下に引用)。これを読んだ人から、 「有益な投資情報をありがとう」と感謝されたりしたら、私は自分の筆力を徹底的に 疑わなければならないであろう。

★「競馬で財テク」

 主催は「日本○○○○協会」だ。くれぐれも、「協会はどこにありますか。理事は どなたですか」などという野暮なことは訊かないよう、読者の良識を促したい。  入会金5万円月会費1万円を払って会員になると、投資情報を教えて貰える。「な んだ、単なる予想屋じゃないか」と思うかも知れないが、ここには投資金補償制度な るものがある。協会の情報通りに馬券を購入して失敗した場合は、1万円を補償して くれるそうだ。「よほどこのシステムに自信がないとできない」と自負しているよう に、額面通りに受け取れば、数回失敗したら、この協会は会費を吐き出すことになる 。

さらには、協会が馬主になっている3頭の馬が5着以内に入れば、賞金を分配して くれるという。その額は年に「1万円から30万円」程だそうだ。「0から30万円」で ないところに、行き届いた配慮が見られる。  その自信たっぷりのシステムはどんなものかと言うと、資金分配法に重点を置いた ものだそうだ。協会によると、「マーチンゲールの法則と統計学をもとに、長年研究 を重ねた結果、ついに必ず儲かる競馬投資法を完成させた」とのことである。何十年 も前から、ギャンブルの世界では「マーチンゲールと統計学」というのが『必勝術』 としてお馴染みだが、この使い古されたテーマを未だに「長年研究を重ね」てきたと 言うのだから、その執着心もまた凄い。しかもそれを「完成させた」のだ。紙面を通 じてその偉業を讃えたい。