揺れた冬−ステロイド−

甲田益也子



 冬の入口だった。子供の口のまわりが赤くかぶれはじめた。私は薬を飲むのをやめて10年くらいになる。歯医者の麻酔をやむなく2度くらい受けたことはあるが、なるべく化学は避けてきた。幸い丈夫な私は風邪もめったにひかないので自然治癒に任せていた。というわけで母子はなるべく不自然なことをしないように心がけていた。
 乳児の顔をせっけんで洗うこともしなかった。しかし野性の力も現代には通用しなかったか、半月もするとつゆが出てひどくなってきた。口のまわりは赤から黄色になった。朝起きて顔を見るのがつらかった。それでもまだ、私は病院へ行かず人の話を参考に薬局に行った。弱い軟膏を塗ってみた。

 少しよくなるような気もするがひどいままだ。病院へ行っても、強い塗り薬をもらうだけだろうから6ヶ月健診の時に聞いてみよう。私がなかなか病院へいかなかった理由の一つは近くによい病院を探せていなかったからだ。
健診でまず様子をみたかったのだ。

 先生は『アトピーですね。ステロイド出しますから。』と行った。私が嫌な顔をす ると『塗らないとなおらないと思いますよ。』ときつく言われる。耳切れで血を出す我が子と、重苦しい気持ちで家に帰った。その時、一緒に出された抗炎症の軟膏を塗ってみた。少し良くなるが、それほどの効果はない。

 今度は皮膚科に行ってみた。やはりステロイドをすすめられた。つけたくないと言 うと、『あまりかたくなになると、変な方向に行きますよ。』と言われる。しかも塗っていた抗炎症の薬を見せると『これでかぶれる場合もありますよ。』ということ。抗アレルギーの飲み薬を痒み止めにもらう。


 なかなかなおらず、ステロイドをおそるおそるつけてみる。化学を避けてきた私が、自分の子供に、よりによって問題視されている薬を使うことになるとは、、、。泣きそうだった。少し良くなっては、こわいのでつけるのをやめるということを繰り返した。このやり方が良くないという情報を読み動揺し続ける。湿疹はある経過をたどる。どの状態でどういうケアが必要なのか細かいことを聞きたくて、話をじっくり聞いてくれそうな評判のよい医者のところへ行ってみた。  先生は、親切に説明してくれた。ステロイドの恐怖をとり除き、使い方を教わった。
その真偽はわからないが、納得のいく説明をはじめてうけて、やっと安心して帰ってきた。
 先生の指示によりこまめにステロイドをつけはじめたその日、今までアレルギーの 心配から与えていなかった食品をはじめてあげてみた。まもなくアレルギー反応がでて、近くの病院へかけこんだ。

 その際、先生にステロイドのことを話した。非常に驚かれた。
はじめてステロイド反対の医者に会った。先生は冷静にステロイド是非の状況を説明し、自分は反対だとも言った。もともとの私の考えにもどり、その日からほかの軟膏(昔からある)に変えた。

   その後もなかなかなおらない。口のまわりの皮膚だけ老人のようだった。何度も同じ所を拭き、薬をつけ、本人が掻き、血を出し、つゆを出し、かさぶたになり、、、この繰り返しだった。しかし、繰り返しながらも、少しずつよくはなっている。あせらず長い目で見るのが大切らしい。

 春になり、今は首のあたりを掻いているが、以前ほど神経質にケアをしなくてもよ くなっている。子供は自分の分身ではない。別の人間だから私と同じ方法があうとはかぎらない。(と、自分を納得させている。)子供の病気のことだけですでに動揺しているのに、『答え』が一つではないことに揺れ動いた冬だった。普段からコミュニケイションの難しさを感じているのに、不慣れな、そして疑問を持つ西洋医学の場となるとさらに困難。相手の論理ペースにいつもはまってしまって、自分の素朴な質問をしそびれる。病院から帰るとよく反省する。そして、今度こそはと思うのだが、、、。最終的には人(医者)との相性が決め手になるようだ。  多くの人を動揺させている、皮膚病に劇的な効果をみせるらしいこのスマートな(従来の弱い軟膏の鈍さに比して)ステロイドとはいったい何なのだろう。これから生きる人の克服すべき毒の一つだろうか。そんなことを密かに思うこのごろである。