CANの可能性





公文 俊平
 爆発的なブームの中で、つながらない、遅い、料金が高いなどといった不満がいっせいに噴出してきたインターネットだが、ここに来て新しい展開の可能性が見えてきた。インターネット幹線に高速でアクセスするためのいくつかの技術がいっせいに実用化の域に入り始めたのである。


 たとえば、既設の電話回線を利用して、一秒あたり下りなら数メガ、上りでも数 百キロビットの高速伝送を達成するADSLの技術がある。同じ電話回線を、電話 用にそのまま使いながら、なおかつインターネットへの常時接続もできるというス グレ者の技術である。数日前にNHKが取り上げてから、朝日も読売もいっせいに 報道した。NTTとしては、新聞が報道したほど積極的かつ早期のサービス展開は 考えていないようだが、それでも真剣な実験や検討を始めていることは間違いない 。米国では、今年の終りから来年にかけて、かなりの規模での商用化が見込まれて いる。


 もう一つは、ケーブルテレビの同軸ケーブルを使って、下り(つまりユーザーの 受信)なら10〜30メガ、上り(つまりユーザーからの発信)でも−−双方向送 信が可能な設備の場合に限られるが−−1メガ以上の速度を出す、ケーブルモデム の技術である。こちらの場合は、多数の加入者が同時に同じケーブルを利用すると 混雑による速度の低下が起こりうるのだが、それでも同時に百人くらいまでの使用 なら、実用上ほとんど問題はないという。米国での展開は当初の予想より二年ほど 遅れたが、すでに15カ所ほどでサービス提供が始まり、2〜3000人の加入者 がでているという。


 ディジタル衛星放送の空きチャネルを利用して、インターネットの情報配信を高 速で行おうとする試みも、すでに始まっている。この場合は、上りの送信は電話を 使うことになるが、それでも画像や音声、あるいはソフトのダウンロードが高速で できるようになるのは、大きなメリットだといえよう。

 その他、実用化はもうしばらく先のことになりそうだが、低軌道衛星や無線によ る広帯域のデータ通信の可能性も見え始めている。また、短距離であれば、赤外線 を使った通信も有望だという。


 もちろんアクセス・ラインの高速化が実現しただけでは、現実の情報伝送がそれ に応じて高速化するという保証はない。サーバーやルーターの能力、あるいは幹線 自体の速度の影響も大きい。私は今、自宅から職場まで128Kの専用線を引き、 職場からは1.5メガでインターネットにアクセスしているのだが、それでも夜間 に人気のあるサイトにアクセスしようものなら、そもそもサーバーにつながらなか ったり、つながっても実効速度が1キロビット/秒にもならないことはしょっちゅ うである。ソフトをダウンロードしている時など、予想必要時間が30分で始まっ たのが、10分ほどたつと40分に伸び、さらに50分に伸び、ついにはまったく 動かなくなってしまう、といった情けない事態に遭遇することもある。

 だから、アクセス部分の高速化が実現したところで、幹線の速度やネットワーク の構造が改善されない限り実用上の価値はそれほど大きくないという覚めた見方も ある。


 しかし私は、そのような見方にはくみしない。むしろ、ADSLやケーブルモデ ムのような新しい技術は、一つの県や市町村といった「地域」あるいは「コミュニ ティ」のレベルでの双方向の通信の高速化のためにこそ、高い価値を発揮しうると 思う。それらが、地域での光ファイバー幹線とセットにして利用できるようになれ ば、その価値はさらに増すだろう。


 実は、これからの情報化の推進のためには、地球の裏側や国内の遠く離れた地域 との通信もさることながら、むしろそれぞれの地域の中での通信の質や速度をあげ ることが大切なのである。考えてみれば、在宅勤務やテレワーキング、市役所や学 校や病院との通信、ホームショッピング、地域の企業やNPOのオフィス相互間の 通信など、それぞれの地域やコミュニティでの通信、それも音声や画像を含んだマ ルチメディアの通信への需要は、潜在的には巨大なものがある。各地域のすべての 人々のそうした需要に応えるための安価でしかも信頼性の高い情報通信システムこ そが、今求められているのではないだろうか。


 そう考えてみると、そのための資源はもうすでにそれぞれの地域に少なからず存 在していることに気づく。NTTは、ほとんどの都市に、すでにループ型の光ファ イバー幹線を引き終わっているという。電力会社や鉄道会社、あるいは道路公団な どもかなりの量の光ファイバーをもっている。それらの光ファイバーは、その気に なりさえすれば地域のインターネット幹線として容易に利用できる。さらに、アメ リカに比べれば普及率は低いものの、ケーブルテレビ用の同軸ケーブルも、全国数 百万世帯をすでにカバーしている。もちろん電話線となると、それこそ全国都々浦 々に引かれている。衛星受信用のアンテナも、今後急速に普及するだろう。これら をインターネット幹線へのアクセスのための回線として、あるいは個々のLANの 相互接続のための回線として利用できれば、地域の情報通信基盤はいっきょに強力 なものになりうる。先に列挙したデータの高速伝送のための新しい技術は、まさに この目的のためにはもってこいの技術だということができる。


 私は、それぞれの地域に作られることが期待されている高度情報通信基盤(とそ れにつながっている多種多様な情報機器や、その上で利用可能になるさまざまなア プリケーション)のことをCAN(コミュニティ・エリア・ネットワーク)と呼び 、日本の情報化のためには、インターネット型の全国幹線網の構築と並んで、この CANの構築が必要不可欠だと主張してきた。だが、CANを具体的に実現するた めの方策となると、なかなかこれはと言えるものがみつからなくて口惜しい思いを してきた。しかし、ここにきてようやく前途に明るい光がさしてきたように思う。


 私が関係している国際大学のグローバル・コミュニケーション・センター(通称 グローコム)と、財団法人ハイパーネットワーク社会研究所は、このCANの構築 のための情報交換と協働の場としての「CANフォーラム」を今年度から立ち上げ 、その事務局の仕事をお引き受けしたいと考えている。団体としてでも個人として でも、ご関心をお持ちの向きの参加を、ぜひお願いしたい。