勝利への王道




多比羅悟


 参加者が、あるルールに則って競い合った結果、勝者が生まれる。中にはルール違 反をして不正に勝利の座につこうとする者もいるが、発覚すればたちまち失格だ。競 争社会に生きる我々には自明のことだ。ところが、最近はルールの変更が多い。近年 の日米の経済摩擦は、まさにルールをめぐる問題だった。


 先日、ある新興宗教団体の男性信者二人のEメイルのやりとりを読む機会があった 。最初に断っておくが、私は、宗教に偏見はないつもりだし、むしろ大好きと言って も良いくらいである。  メイルは、海外での布教に励むA氏が抱く教団の方針への疑問について、日本在住 の信者であるB氏が説明しているように見える。伝道に関することなので、通常なら 、私の関心をひくことはなかったろう。ところが、自分達の信仰する特定の宗教の話 をしている割には、日本社会を論じたりして、なかなか面白い。コラムという範疇か らは逸脱することになるが、ここで紹介してみたい。

 やりとりされたメイルをずらりと並べたいところだが、それだと非常に読みにくく 、前後関係がわかりにくく、さらには本人達のありきたりの近況報告が入っているた め、公開を承諾してくれたB氏の数通のメイルに加筆・修正・削除を行い、一つのメ イルとして再構成した。論旨のつながりが悪いのは、そのためである。対話には、論 点がずれている(あるいは故意にずらししている)箇所もあるが、同時性のないメイ ル特有の現象である。

注1  文中のA氏の「先生」とB氏の「大先生」は同一人物で、この教団の教祖である。
注2 >で始まる文はA氏の発言である。(白いバック)
注3 ()で挟まれた部分は、私の補足である。


> 最近の活動はこんなのばっかりですよ。
「霊障対策講座」、「悪霊調伏祈願」、「受験必勝講座」、「出世祈願」、「新結婚祈願」、「夫婦和合祈願」、「無病息災祈願」、「未熟な者のための祈願」、「神経を伸ばすための祈願」、「決断のための祈願」、エンブレム(儀式に使う商品の一つと思われる)
今までの宗教と同じ祈願中心の形骸化された宗教に見えるのですが。

 ここまで揃うと、おっしゃる通り、神社のノリですね。タイトルからだと、知性を かなぐり捨て、なりふり構わずという感じです。でも、努力して実現するよりお祈り で実現できる方が楽でしょう。信者にも一般の方にもとても喜ばれるんですよ。


> どうもしっくりしません。もっと高く洗練された宗教を求めてはいるのですが。 大乗の教えは大変にありがたいのですがそれだけにしてほしくないです。
日本では、初期の頃は(現世利益のための祈願ではなく)一連の書籍が信者作りの為の布石でした。海外でももっと多数の翻訳本を出すべきです。

 本ははたしてどうかなと思いますよ。大先生は「アメリカは罪深い」とか、「イン ドは不潔」とか書いていますから、かえって反発を招くかも知れません。その部分は 削除するとしても、米国あたりでは受け入れられにくいでしょう。
 米国の優良な書籍は、データや傍証が必ずありますね。「神々の指紋」みたいな御 都合主義的疑似科学本でさえ、知らない人には説得力があると感じさせる傍証がつい ています。大先生はデータや傍証など不要とお考えで、書籍に盛り込まれていません 。合理主義者には納得がいかんということになるでしょう。

 それにしても、あの地図(「神々の指紋」で南極大陸が描かれていると紹介された 古地図のこと)を見て南極だと思う奴は、本格的に想像力が欠如してるな。そういう 人は邪教団体の餌食になりやすいですから、我々が救済してやらねばなりません。

> Fさんという方が昨年、本部の国際局に部長代理としてはいったんです。 今は地方支部の平職員です。
本来Fさんは経典の翻訳と海外布教を目的としてリクルートされたのです。 今は誰がその職にあるんでしょ。

 どなたでしょうね。Fさんについて言えば、一般論ですが、外国帰りで海外の事情 に精通し、英語をしゃべれるような人は、古参幹部から疎まれ、地方支社に転勤させ られたり、故意に不向きな部署にまわされるものです。世間ではよくあることですよ 。我々も、この世では、現世の組織に範をとってますからね。

> Fさんは職員になってから、前の収入の5分の1だそうです。 奥さんが稼いでいるそうなのでやっていけるようですが、なんとなくしっくりしません。 我々は世界一の宗教団体です。そして先生は一人一人の現世的な成功も願っておられるはずです。
勿論、職員ともなれば在家とは違い物欲、金銭欲、出世欲、名誉欲等は絶っているはずですが、私はそれだけ多くの人達を幸福に導いている人は、最低、大会社の社員並みの生活はしていただきたいと思っています。


 でも、Fさん、やめないでしょう。「金銭的には恵まれませんが、精神的には恵ま れるようになりました」と言ってるでしょう。報酬が低ければ低いほど、その仕事自 体に価値を見出すものです。「金儲けのためではない、社会的に意義があるからやっ てるんだ、自分の勉強のためにやっているんだ」と正当化を行って、精神の安定を保 つわけです。逆に言えば、仕事の真価を自覚させるには、報酬は低い方がいいという ことですね。いずれにせよ、本人が満足していればよしとしましょう。


> 教えを実践している人達が、精神的充実のみならず、現世的にも成功し、社会的尊敬も 集めることを証明したいです。本人が満足しているというだけでは、集団自殺をするカ ルト教団と差がありません。

 個々の証明よりも、必ずそうなると信じることです。女の子を口説くのも、とても 相手にしてもらえないと思ってれば、行動をおこしませんから、その娘を口説き落と すことは不可能です。絶対うまくいくと信じさせて、行動を起こさせれば、一万人に 一人くらいはベッドまでたどりつけるかも知れません。そうしたら、その人が、生き 証人ですよ。


> 欺瞞じゃないですか。

 世間じゃポジティブ・シンキングと呼んで、肯定的にとらえられていますよ。思い は実現するというやつです。自己欺瞞にしか成功の可能性が残されていない人が多い ということですかね。こちらから吹き込むと洗脳ということになりますが、悪さをさ せるわけでもなく、結果的に本人が喜ぶんだから、洗脳したって問題ないでしょう。 宗教屋とMLM屋(マルチレベルマーケティング会社)に、SF商法(群衆を一ヶ所 に閉じこめた催眠商法)の流れを汲んでいる自己改革セミナー屋の連中も合流させれ ば、洗脳の世界的権威になれるでしょうね。


> アメリカに本格的に伝道するなら、あのクリントンとヒラリーの話は割愛したほうがいいでしょう。ヒラリーは怒りますよ。

まぁ、彼らも夫婦で頑張っているから、我らが大先生夫妻もライバル意識を持ち、 多少厳しくはなるでしょう。特に、奥様は、亭主の七光り、亭主の威を借る狐と自覚 しているでしょうから、弁護士としての実績を持つヒラリーを妬みたくなるのを理解 してあげねば。

> 補佐先生(奥様)は立派な方です。

 立派で貴重な存在ですよ。おかげで大先生ご夫妻の仲も円満です。大先生は「夫婦 円満は、馬鹿な女房があってこそ。夫婦円満の秘訣は馬鹿な女房をもらうにつきる」 と会報にもお書きになっています。


> 「馬鹿な女房をもらえ」とは書いてありません。

 「亭主より能力的にやや劣るくらいがよい」というのは、そういう意味です。そも そも、日本の女性は、「馬鹿」と「利口」の2種類しかいないんですよ。男だったら 、「凡庸」、「馬鹿」、「中馬鹿」、「大馬鹿」、「激馬鹿」、「超馬鹿」と、全部 で6種類もいるのになぁ。日本の女は層が薄いよ。日本で男性中心の社会システムが いまだに維持されている本当の理由はこれだな。もっとも、男性中心の社会だから、 女性の「中馬鹿」以下の層は淘汰絶滅したか、「馬鹿」に収斂されて、種類が減った とも考えられるな。


> 受験必勝講座では元開成高校教論の受験勉強必勝法付きです。

 これも信者獲得のためです。大企業の元人事部長による「会社訪問必勝講座」があ ってもいいですね。


> 勉強は大事だと思いますが、従来の受験勉強ではない未来形の勉強法を教えてもらいたいです。同時に現在の教育制度にも一言欲しいですね。 ようやく世間は学歴偏重から目覚めようとしているのですから。

 最近は、就職活動の際に出身校を書かなくてもいいという企業もあるそうです。流 行ですからね。私だったら、本名や性別、年齢を書かなくても良いことにするな。能 力本位、人格重視とか言ってね。
 本当は、米国のように、どこの大学で何をやってきたかが最も重要な採用基準にな るようにしなければ、大学生を採用する意味は毛頭ありません。

 私は、日本はもっと高学歴社会化すべきだと思っています。米国のように、博士号 を持っていなければ放り出されるくらいが望ましいです。ところが日本では、大学や 大学院でろくな研究をしていないので、そこを出た人と、出ていない人の差がまった くないのです。この勢いでは、大学そのものの必要もなくなるでしょうね。
> 元開成高校教論の受験勉強必勝法付きの「受験必勝祈願」は、この事態の改善に繋がるのですか。

 彼(元教師のこと)を見くびってますね。彼には少なくとも教えるスキルはありま す。ところが、大学の教授陣は、研究がてんでにだめなくせ、教えるスキルもないの です。大学の知的衰弱は、教授陣の御用学者化が招いた当然の事態です。米国の本物 の学者とはベクトルはおろかステージの違う研究をしています。教授を生み出すシス テムをもっと流動的で市場原理にそったものに改革して、大学の知的水準を向上させ るべきです。

 当然、既存のシステムにのっている教授・助教授・講師達は反対するでしょう。国 費で留学をして、米国のシステムを熟知しながら、日本には絶対導入させようとしな い身勝手な輩ですから。そいつらは全員くびにします。彼(元教師のこと)のような ティーチング・マシンで当面はしのぎつつ、(学者の)給料を10倍にして、新しい研 究教育者を中心にした本物の大学を作り出すべきです。
> 教育を構造的に変革するのと、「受験必勝講座」は矛盾しているのではないかと思いますが。

 段階の問題です。知的衰弱が著しいですから、日本も基礎研究に力を入れ、学問的 な底上げをしなけりゃならない時期でしょう。他人の研究成果にのっかって、ただ商 業ベースにしてみせて、「日本は応用が得意」と言ってるようじゃ、お先真っ暗です。
 そもそも、そんな主張をする人は、3角関数の問題を解いている中学生とピタゴラ スの違いがわからないわけです。そんな輩が、政界、財界、官界、学界の中だけでな く、日本中にうじゃうじゃいるんですからね。したがって、まずは受験勉強でもさせ て、ピタゴラスは中学生より賢いということを理解させるわけです。
> 終身雇用の是非を問われる今となっては、・・・(以下A氏の発言は理解困難、個人的な事柄と思われる)

 終身雇用などとっととやめ、福祉も例外なしに一切やめ、年金制度も終了させ、か わりに税金を思いっきり安くすることで、国民の自立を促し、精神的衰弱をくいとど めよと主張している慧眼の主もいるほどです。私も、この荒療治を強く肯定する一人 です。


> 依存体質や精神的衰弱は防止する必要はありますね。ただ、そう簡単に成功するでしょうか。福祉打ち切りとなれば反対も多いでしょうし。

 なにを寝ぼけたことを言ってるんですか。精神的衰弱の防止なんてとんでもない。 日本人の依存体質、精神的衰弱が、「○○祈願」をずらりと揃えた宗教団体を支えて いるんです。
 私は、精神的衰弱をくいとめるために荒療治をせよと言ってるんじゃありません。 日本人は、国や会社へ依存したがっているんです。それで結果的に官僚の思うつぼに はまっているわけでしょう。今、突然、この荒療治が始まり、国や会社に依存できな いとなれば、こいつら(日本人)、何に依存しますか。まずは家族、次に宗教でしょ う。現状のままで、もっと、依存体質を強化し、精神的衰弱を促進させても良いので すが、もう十分衰弱してますから、依存できるものを取っ払う方が、伝道上、手っ取 り早いです。

問題は、他の宗教団体や宗教がかった経済団体とのシェア争いです。商品構成を充 実させないと、競争には勝てません。Aさんは○○祈願ばっかりだと嘆いていました が、我々の商品には在庫リスクなんかないんだから、もっと商品の種類を増やす方が いいでしょう。マルチ屋みたいに物欲ゴリゴリ型の連中に負けないためには、「ギャ ンブル必勝祈願」や「ナンパ成功祈願」の開設も躊躇しません。

> ○○祈願が多すぎると言ったのは、在庫リスクの問題ではなく、良心からというのか、本当に精神の救済になるかという意味で・・。

 そういうことを言う人がいるから、「未熟者のための祈願」が作られたんじゃない ですかね。
 この後もB氏の大演説が続くが、以後は割愛する。さて、ここからが本論である。
 不思議でならないのは、B氏のような人物が、この教団から破門もされず、他の信 者達とうまくつきあっていけることである。しかもB氏は「口は悪いが信仰心は篤い 」ということになっている。

 B氏によると、「うちは教えがいいから、皆、人間的にできている。非常に慈悲に あふれ、寛容で、清濁あわせ飲むだけの器量も備わっている。自分のような不届き者 でさえ、暖かく迎えてくれる」のだそうだ。したがって、B氏は「誰よりも強く、こ の教えが世界中に広がることを願っている」ので、「当然、信仰心が篤いと評価され るだろう」とのことだ。
現代において、勝者とは、あるルールに則って競争した結果、生まれるのではない 。どうやら、自分に都合の良いルールを発見した者が勝者になるようだ。