JAVAはどこに行く
多比羅悟


 ジャバブルという言葉が、一時、コンピュータ及び出版業界で使われたことがある。 2年ほど前、ジャバが発表され、大いに業界は沸き立った。なにせ、OSに依存しないプログラム言語というジャバの概念は、Windows、Unix、Ms-Dos、Mac-OSなど、OSごとにプログラムを移植するのが当たり前であった状況(UnixやMs-Dosではさらに細かい違いがあった)が一新されるからである。また、アプリケーションのパーツ化や、ネット上での流通は、ソフトのコストについても、革新的な状況をもたらすと期待された。例えば、ソフトは軒並み5ドル程度になるという説もあった。
 巷はジャバの話で盛り上がり、特に、Unixやネットワーク関連の雑誌はジャバ、ジャバと書き立てた。その現象を、バブル経済と重ね合わせて、ジャバブルと呼んだわけだ。

 昨今では、ジャバ用開発ソフトも出回りだし、ジャバで書かれた市販ソフトも登場した。大騒ぎをしていた時代にジャバが実現させてくれるはずと理解されていた各種の利便性は、一般ユーザーは享受できないままであるが、それでも少し前進したことは疑いない。では、どの程度の前進であろうか。それを確かめるために、7月16日から18日まで、ビッグ・サイトで行われた『コスモス97 ジャバ・コンピューティング・エクスポ』(以後ジャバ・エクスポとする)を見学する。

 ところが、行って驚いた。ジャバ・エクスポのはずなのに、各社の出展内容がばらばらだ。ビデオ・オン・デマンド展にしてしまった企業もあれば、モバイル・コンピューティングがあり、画像処理があれば記憶装置もある。テーマから逸脱はビジネス・ショウでは珍しいことではないが、いくらなんでも極端すぎないか。ジャバに直接関わりのある内容の展示を行っている企業は、むしろ少数派である。

 出展企業の内、85社ほどチェックしたが、ジャバ・エクスポに相応しい出展をしている企業は、17社(20%)に過ぎなかった。他の36社(42%)は、かろうじてジャバと関連ありと言えなくもなかった。残り32社(38%)は、どこがジャバかと言える内容だった。
 学会に出席したわけではない。お祭りだと思って楽しむのに限る。そう気持ちを立て直して見ると、なかなか面白い。
 お祭りにはたこ焼き屋はつきものだ。まず紹介するのはビジネス・ショウの常連、就職誌のA社。どのビジネス・ショウでもやることは同じで、転職アンケートの集計だ。
 名簿屋でも始めるのか個人情報集めに精を出す。たぶん、彼らはジャバなど知らないだろうが、たこ焼きにはそんなことは関係ない。
 みやげもの屋も祭りの花だと思っていたら、本当にみやげものを扱っているブースに出くわした。ジャバのロゴ入りTシャツや小物類を販売するI商店。店番の女の子は、場違いで恐縮しているように見えた。「これが当社の提案するネットワーク・ソリューションです」などと、小賢しいことを並べる連中の中では、ノーテク企業は居心地悪いだろうが、恥ずかしがるには及ばない。

 ジャバやC++が使えないプログラマーを救済するかのごとく、コボルのようなERPソフトを開発したB社も良い。ブースが業界ナンバー1のS社の斜め向かいでも卑屈になっていなかった。筆者に同社社長の御著書2冊をくれたし、同社の看板娘2人を並ばせて写真撮影をさせてくれた。
 「ここは何屋さんですか」と尋ねても答えられないコンパニオンを配置したC社も味がある。展示パネルによると開発用ソフトらしい。尋ねた筆者が悪かった。
 初日からこれで大丈夫かと余計な心配をしてしまったのがKエレクトロニクス。社員がコンパニオンの女の子とおしゃべりをするのに夢中で、接客をしない。展示物がほとんどなく、立ち寄る人も少ないのが幸いである。お付き合い出展だろうか。社員の気持ちもわからんでもない。
 一番真面目に、タイトル通り、ジャバ・コンピューティングに相応しい展示を行ったのはD社。イントラネットでもグループウエアもどきでも、無理矢理、ジャバに関連づけようとした姿勢は潔い。しかし、遠回りをしていないか、このソリューションとやらは。

 そして、無視してはならないE社。ジャバ未対応のインターネット端末やノート型ウィンドウズ機、ソラリス・クローン機を並べていた。お客さんがわんさかいるところを写真撮影した。
 もちろん、マイクロソフトは出展していない。寡占的OSメーカーとして、ジャバの批判の対象だから、出るわけにはいかなかったろうが、蓋を開けてみれば、ジャバ対応のエクスプローラーでも出しておけば、このエクスポに十二分に相応しい出展になったのだが。

 目立ったのは、当然ながら、ジャバの開発元であり、このエクスポの中心的な存在であるサン・マイクロシステムズだ。基調講演にせよ、他のセミナーにせよ、会場の専有面積にせよ、サン・マイクロシステムズの露出が最も多い。ハードやいくつかのアプリケーションのデモを行っていたのは良いとして、OSを盛んに宣伝中。ジャバ・エクスポでOSねぇ。
 肝心のジャバは完全に脇役。ジャバは凄いと言うなら、その凄さを示すようなデモンストレーションをすれば良いのにと思うが、あえてそうしないところが奥ゆかしい。どういうわけか、モーター・ショウよろしく自動車を展示し、その脇にコンパニオンを立たせていた。ハイレグのレースクイーンでないのは、画竜点睛を欠くと言わざるを得ない。
 日本で行われる展示会の基調講演でも、他社の場合、ビル・ゲイツ、アンドリュー・グローブ、ラリー・エリソンなど、トップが講師を務めたが、さすがサン・マイクロシステムズだけあって、今回は米国本社からやってきた下っ端社員だ。

 「サンは子供っぽい」と評されることがある。インテル、コンパック、IBMなどは、いわば大人の企業であり、マイクロソフトは、気持ち悪いほど大人びた子供の企業であると考えれば、サン・マイクロシステムズは、子供らしい子供の企業であるということらしい。そう言えば、ジャバ・アプレット搭載のスマートカードというとんちんかんな話を熱心にしているのは、サンの社員だけだ。ラリー・エリソンに対抗して、一般受けを狙ってきたのか。

 今回のジャバ・エクスポの正直な印象を言えば、テクノロジー的には目を見張るようなものは特に見あたらない凡庸な展示会だった。退屈ならばさっさと帰ればよいのに、貧乏根性丸出しで、少しでも収穫をと捜し廻る。「エレクトロニック・コマースのセキュリティ」というセミナーが開催されていたので、それに参加する。

 ところが、これもミスノーマー(誤称)。この展示会が、ジャバ・エクスポと言うより、ソラリス・エクスポもしくはネットワークサーバー・エクスポであったように、セミナーの中身は「エレクトロニック・コマースのセキュリティ」と言うより「ネットワーク・セキュリティ」だ。
 エレクトロニック・コマースのセキュリティに関して、セキュアしなければならないのは何かと言えば、「取引の安全」に他ならない。会社や個人の情報の保護ではないし 、暗号化や認証は「取引の安全」の決め手ではないし、商行為という性格と他のテクノロジーとの比較上、選択すべき手段であるかどうかも疑問である。

 我々の社会には、法律を初めとしたさまざまな取り決めがある。契約書を交わしたり、領収書を発行したり、債権に時効があったり、手形や小切手に関する法律や判例があるのは、すべて取引の安全のためである。取引の安全とは、平易に言えば、「お金を払ったらちゃんと商品を手にすることができること」、「商品を渡したら確実にお金を払って貰えること」から始まり、「誰も覚えていないような昔の取引に関して不履行の訴えを起こされないこと」、「盗品であろうと、正しい取引をした善意の第三者は被害者への返還の義務を負わないこと」、「責任やリスクは誰が負担するのか」など、非常に広範である。商行為に関する法律や、当事者間の取り決めは、ほとんどすべてが、取引の安全を目的としたものである。

 取引の安全とプライバシーや社内情報の保護は、まったく違う問題であるように、「エレクトロニック・コマースのセキュリティ」と「ネットワーク・セキュリティ」は異なるものである。  これでは、いつまでたってもエレクトロニック・コマースが実用レベルにならない。