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51話  「アイオワ州と山梨県は姉妹州」

ニュー・イングランド通信

000531-1.jpg (7k) 皆さんはご自分の住んでいる県や市が外国のどこと姉妹都市になっているかご存知で すか?ここにご紹介するアイオワ州と山梨県は「姉妹都市交流のモデル」とも言える程、活発な交流活動が行なわれています。アイオワ・山梨姉妹州委員会の元会長であるAmy Worthen さんにお話を伺いました。

アイオワ州と山梨県は1960年に、日米間で初めて「州(県)レベル」の「シスタ ー・ステイツ」条約を結んだと言うタイトルを持っています。この条約を結ぶきっかけになったのは一人のアメリカ兵だったそうです。県レベルに先駆け、都市レベルで De Moinesと甲府が1958年には姉妹都市になりました。1959年の台風で山梨がひどい被害を受け、酪農業が全滅状態になった時の事です。山梨県にいたアメリカの陸軍兵が「この地域を助けよう」と呼びかけ、牛、繁殖用豚やトウモロコシなどの穀物をアイオワ州から米軍機で送った事が大きなきっかけに成りました。つまり、現在、山梨県にいる豚の先祖はアイオワ州から来たという事ですね。それ以来、様々な「草の根レベルの交流」が続いています。現在では この二つの州と県にある10都市が其々姉妹都市条約を結んでいるという親密な関係です。アイオワ州の州庁舎の庭 には 山梨県から送られたお寺の鐘が飾られているそうですよ。ぜひ、一度見たい物 ですね。

こうして酪農レベルで始まった交流は文化、芸術、教育、スポーツのレベルに広がっ ていきます。1981年にDe Moinesで「アート・エクスチェンジ」の催しがあり、日本から画家、音楽家などが招待されました。そのお返しに、1984年には、甲府がアメリカから様々な芸術家達を招待しました。この時、アーテイストとして招待されたAmy さんは、 以来、日本語の勉強を続けていて日本語が大変お上手です。こうして日本に興味を持つきっかけが出来、当然の如くに姉妹州委員会の会長を務める事になります。De Moines と甲府の間では1983年より 10歳前後から13―14歳の青少年の交流を行なっています。先生が引率して3月にはアメリカ側から甲府ヘ、夏休みには日本側からDe Moines ヘ、毎年子供達がやってきます。Amy さんのお子さん二人も10歳と13歳で甲府ヘ行かれたそうです。若い時に語学を現地で身に付けるのが何と言っても一番ですね。また、高校野球、サッカー、女子バスケット、等スポーツの交換試合も盛んで 多くの日米の家族がホーム・ステイーを引き受けて下さっています。
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