われわれの主食であるコメが、ゲノム(遺伝情報)の
解読によって、こともあろうに欧米のコントロール下に
置かれようとしている。
新産業人会議では、この緊急事態をレポートするとともに、 皆様からのご提言をお待ちいたします。
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1. コメが欧米のコントロール下に 国歌・国旗法案が、国会で議論されているなか、国家の問題としてそれに勝るとも 劣らない重要事態が水面下で進行している。われわれの主食であるコメが、こともあ ろうに欧米のコントロール下に置かれようとしているのだ。 生物の体の設計図が遺伝子であることは、よく知られている。これを読み解き、ど んな遺伝子がどんな働きをもって、どんな利用のしかたが考えられるかをいち早く発 見すれば、その権利は特許として一番乗りの者の手に帰す。日本は2008年までに 解読を完了する計画を立ててきたが、この6月、アメリカのベンチャー企業が200 1年の秋までにイネの全遺伝子の解読を成し遂げることを宣言したのだ。 (戻る) |
2. スピードが勝負の分かれ目 一方、研究者の間では、アメリカよりもフランスの官民共同企業体の方が早く解読 を完了するのではないかとささやかれている。 日本の目標時期は3年前の第2期計画で立てられた時期と変わっていない。ところ が遺伝子を読み解くハイテク機器の飛躍的な精度の向上、超高度化はそれこそ秒針分 歩の勢い。ここ半年だけでも脅威的な性能を持つ機器が彗星のように出現している。 欧米はトップのすばやい決断でこれらを縦横に駆使し、バイオテクノロジー産業の基 盤制圧に、一時間でも一分でも他に遅れをとるまいと、武器なき知的戦争の勝利を目 指して、激烈な競争を展開しているのだ。 (戻る) |
3. イネがあらゆる穀物遺伝子の基礎 なぜ、イネの遺伝子なのか。われわれ稲作文化で育まれた日本人からしてみれば、 なにも人の懐に手を突っ込んで、主食の権利を横取りすることもあるまいにと思う。 ヒトの遺伝子解読ではアメリカがダントツのリードを保っているのだから、そちらに 専念してもらいたいところだ。 ところが、やはりこの20世紀末というのは有史以来、未曾有ともいうべき転換期 の意味をもっているのだろうか。バイオ研究の世界では、イネの遺伝子解読が他の穀 物(トウモロコシ、大豆、小麦など)遺伝子解読に着手する上で、必須不可欠の関門 になっているのだという。そして国際政治の舞台裏では、イネの遺伝情報を先に手に することが、欧米世界の主食や、穀物市場の戦略物資を制覇するための重要なステッ プであると位置付けられているのだ。もちろん、世界人口の半分がコメを主食として いるという商業上の莫大な価値も視野の内である。これを「文明の衝突」と言わずし て何と言えよう。 (戻る) |
4. 画期的なイネがつぎつぎ作られる
おりしも新農業基本法が国会で成立した。食糧安全保障が重要テーマとしてうたわ れ、自給率の向上が掲げられた。コメは完全自給できる穀物である。したがって他の 大豆、麦などの自給率の向上を目指すとしているが、他国がいち早くイネの遺伝子を 解明し、これを特許化して産業上の応用が開始されれば、いまでこそ100%自給の コメも早晩、海外依存する事態を招こう。 たとえばどんな山間地や寒冷地でも丈夫に育つ適地適作の新品種や、二期作でも味 が落ちない新品種、農薬不要の新品種、狭い土地に制約されない新品種などが次々と 開発されたら、そうしたメイド・イン・海外の種子はたちまちのうちに国内に普及す るだろう。裏を返せば、種子の供給が外国の手に握られるということだ。また自由化 の波に乗って、日本人の味覚にぴったり合う外国産のコメがきわめて低廉な価格で押 し寄せてくれば、高コストの国産米は到底立ち討ちできまい。言うまでもないが、こ のことは国がいざという事態に直面した時、国民に主食が供給できないという安全保 障上の重大な脅威に直結する。 (戻る) |
5. 国家的戦略として取り組む各国
アメリカのイネ遺伝子の解読現場は、視察してきた人の話では「国家戦略軍事基地 のようだ」という。ワシントンD.Cにある研究施設は約8000坪、しかも近く3 倍に増設するとのことだ。コンピュータはペンタゴン(国防省)が持っているものに 次ぐ能力をもつ世界第2位に着ける機種。解読機器はずらり300台、研究員もどん どん増員中らしい。ワシントンだけでなくサンフランシスコにも拠点がある。ヒト遺 伝子の解読を目的として昨年創立されたベンチャーだが、上記の戦略目標でイネにも 着手し、もしフル稼動でやるなら6週間(!)であらかた解読を完了するという。 他方、フランスは国家プロジェクトして280億円の事業規模でこの2月からス タートした。4つの公的研究機関と3つの企業がコラボレーション(共同研究)を組 む。資金は公的研究機関が40%、民間が30%、残りは政府が支出するということ だ。 (戻る) |
6. 悠長な構えの日本
我が日本はといえば、今年度政府予算で30億円弱、解読の進捗率は現在、0,0 7%程度で、完了する目標時期を2008年に置いている。アメリカのベンチャーが 今後2年以内に解読を完了するとしているのに比べ、あまりに悠長すぎると思うのは ひとり私だけであるまい。 無駄な公共事業費の一部をまわすだけで、我が国の基幹食糧を確保し、伝統・文化 の基盤を守ることができるのだが、硬直した予算配分構造のもとでは、思うような増 額を果たせないというのが研究現場の悩みのようだ。悩むうちにも欧米が解読を完了 する日は一刻々々近づいてくる。少なくとも彼らに伍し、かつ競り勝つためには、今 年中には必要な予算を確保し、必勝プログラムを立ちあげ、実行に移さなければなら ない。ゆえに来年4月以降の平成12年度予算では間に合わないことになる。 (戻る) |
7. この方法ならまだ間に合う!
そこでどうするか。専門家はこう指摘する。「4億あるイネの全遺伝情報を片端か ら読んでいっては、アメリカの物量作戦にたち打ちできない。しかし、遺伝情報の中 で無意味な情報を除いた『有用遺伝子』といわれるものは、約5%であることが知ら れている。それを解析する技術は日本が世界で一番。ここが勘どころだ」−いわば ジュウタン爆撃ではなく、精度の高いピンポイント攻撃で必要な遺伝子だけにター ゲットを絞り、その中身と働きを知的権利として確保するという作戦である。この方 法であれば「いま始めれば必ず勝てる」有利な立場を現時点で日本は持っている。 ハードルは二つある。まず200億円前後と予想される予算をどうするか。もう一 つは我が国の永いイネ研究の成果が各機関に散らばっているのをどう集中するか、同 じこととして、省庁間の牽制、産・官・学の垣根をどうとり払うかだ。いまなら間に 合うが、数ヶ月もすれば勝機は消える。 最終的には政治の決断とリーダーシップにかかっている。 (戻る) |